ギリシア神話の中に見る愛の概念
古代ギシリアには、愛の概念が4つあります。それぞれ、意味が異なってきます。そこで今回は、その4つの愛の概念と共に、古代ギシリアに根付いていた考え方を探っていきます。
古代ギシリアにおける愛という概念
古代ギシリアには、次の4つの愛の概念があります。日本語では「愛」というと、恋人や結婚相手、家族、子ども、友人などあらゆる人への愛をまとめてそう呼ぶのが通例になっています。いってみればいろんな愛の総称のようなものです。しかし古代ギシリアでは、愛の概念と共に、言葉もそれぞれに分けられていました。
- エロス
- フィリア
- ストルゲー
- アガペー
いずれも愛であることには変わりないのですが、意味が異なります。それぞれ、どんな意味があるのか確認しておきましょう。
1. エロス
ギリシア神話におけるエロスは、いわゆるヴィーナスであるアフロディテという一番美しい女神の子で、恋愛の神です。ローマ神話ではキューピッドに当たります。現代では、恋心と性愛を司るといわれています。
エロスは、若々しい青年の姿で描かれ、翼を持っている姿、そして少年の姿で描かれていました。またキューピッドとして天使の子どものように描かれるようになる前は、ヒゲのある男性の姿で描かれていました。
エロスは、弓矢を2種類持っているといわれています。それは金の矢と鉛の矢です。金の矢で射れば、その相手はたちまち恋心を抱くとされており、鉛の矢で射れば、たちまち嫌悪を抱くとされています。この弓矢を利用し、自由自在に人の恋心などを操っていたエロスでしたが、ある日、自分自身が不幸な恋に落ちてしまったのです。
それは、母のアフロディテがプシュケという人間の女性のあまりの美しさに嫉妬したことからはじまりました。プシュケが不幸な恋に落ちるように、エロスは母から、プシュケへと弓矢を放つように命じられたのです。しかし、エロスはプシュケを目の前にして、そのあまりの美しさに手元が狂い、自分の手をその矢で傷つけてしまいます。するとエロスはたちまち、プシュケに対して恋に落ち、恋い焦がれてやまなくなってしまいました。当然、アフロディテは激怒しましたが、妨害をはねのけて、エロスはプシュケと結婚。人間の彼女を神々の仲間に入れたとまで伝えられています。
エロスの愛については、異性への性愛を示すのが一般的になっています。このエロスの愛は、人間の欲求そのものを示し、自ら求めてやまない気持ちを指します。しかし一方で、ギリシアのプラトン哲学で、「真善美への憧れ」という純化された衝動の意味合いもあります。
2. フィリア
フィリアとは、一般的に友愛、友情などと訳される愛のことで、文字通り、友人同士の愛を示すものです。これは、エロスの愛と比べて、自分から強く求める衝動ではなく、相手と同等の関係を結ぶイメージです。つまり、自分の人生、及び生活の中で、場所を共にする肉親以外の存在といえます。しかし誰にでもこのフィリアの愛情を向けることはできず、限られた共通項のある友にだけ向けられます。
また、このフィリアは、エロスの愛と、次で説明するストルゲーの親子の愛を拡大したものだといわれています。つまり、エロスを経て、ストルゲーの親子の愛へとつながり、やがて、外の他人へ向けて発信される愛、これがフィリアであるというわけです。フィリアの愛はそれだけ範囲が広いともいえます。
3. ストルゲー
ストルゲーとは、肉親や兄弟などに向けられる、いわゆる家族愛、親族愛のことです。つまり、血縁で結ばれている者同士の愛情です。特に母からの愛のことを示すことが多いといわれています。ストルゲーは、肉体レベルでの愛でもあるといわれています。そのため執着が非常に強く、他人に向けてこの愛を広げることはむずかしいといわれています。
4. アガペー
アガペーは、エロスとはまったく逆向きの方向に向かうものです。エロスは、いってみれば自分が欲しいものを自ら手に入れたい衝動ですから、相手からもらうばかりのところがありました。しかし、アガペーは、「誰かに対して与える愛情」と説明ができます。アガペーは、見返りを求めず、ひたすら自分が相手に対して与え続ける愛なのです。
アガペーは、そのため、人類愛、宇宙愛ともいわれています。人類すべてに対して与えることの愛を指します。しかし、アガペーはそれ単独で存在することはありません。むしろ、アガペーは人間にとってエロスが無ければ存在しえないからです。そのエロスが元になり、やがてストルゲーにつながり、フィリアへと友人たち、知り合いへと広がっていきます。そしてその末に、アガペーの人類愛が待ち受けているのです。
これが後世になり、キリスト教における神の愛を表す言葉として使用されるようになりました。
古代ギシリアの4つの愛から、古代ローマの5つの愛へ
このエロス、ストルゲー、フィリア、アガペーの4つの古代ギリシアの愛の概念は、やがて古代ローマの5つの愛であるアモール、クピディタス、アミキティア、ピエタス、カリタスへと受け継がれていきます。参考までに、これらの愛の概念も少し確認しておきましょう。
アモール
アモールは、ギリシア神話のエロスに相当します。ローマ神話では、クピド、つまりキューピッドのことを指します。つまり、エロスの愛の概念が、このアモールに受け継がれたということです。主に男女の愛を指します。
クピディタス
クピディタスは、情欲、割愛などを指すといわれています。
アミキティア
アミキティアは、古代ギリシアにおけるフィリアと同じように友愛を指すといわれています。
ピエタス
敬愛のことを指すといわれています。親、祖国、神に相当します。
カリタス
人間と人間の間で交わされる愛のことで、隣人愛といわれるものです。しかし、神学者のアウグスティヌスにおいては、単にこれはキリスト教が言う「アガペー」とは異なっています。アガペーは絶対的な愛ですが、カリタスは、神に対する愛を指すというのです。
古代ギリシアやローマにおける愛の概念は、日本にも少なからず存在する概念でありながら、明確に言葉が分けられていません。この違いは実に興味深いものといえます。