霊場

今、若い人の間で、霊場巡拝が静かなブームになっています。「霊場」と言っても、心霊スポットのような「幽霊の出る場所」ではありません。複数のお寺が集まり巡拝コースを設けて、すべてのお寺をお参りすること(結願と言います)を目的とした集まりのことを霊場と呼びます。

少し前、爆発的にブームとなったパワースポット巡りを覚えている方も多いことでしょう。パワースポットは寺社に限らず、山や海から近所の公園などまで、とにかく「そこへ行けばなにかしらのパワーを感じられる」とされる場所のこと。パワースポットブームは今や完全に定着しているとも言えて、その上でもっと濃いとも言えますか、寺社に限った霊場巡拝に興味が移っているのです。元々お寺や神社は、年配の方が足を運ぶことが多い場所でしたが、そのパワースポットブームの影響が大きかったのでしょう、昨今は若い人も抵抗なく初詣以外の期間にも寺社へ足を運ぶ姿も、珍しい光景ではなくなりました。

ところで、神宮(伊勢神宮)へのお伊勢参り、一生に一度は善光寺参りなど、有名寺社へお参りすること自体は江戸時代から庶民の風習として存在していました。もちろん、生活上や身体上のことから、自身で足を運べない人もおり、そういった場合はお参りする人にお金を渡して代参(代行参拝)を依頼するケースもあるほどだったそうです。

そもそも、人はなぜ霊場巡拝に向かうのか

霊場巡拝

霊場巡拝という風習は、昔からずっと続いていました。実は昭和の時代にも、一時全国各地で霊場が開創された時期があります。それは戦後のこと。死者の慰霊や供養目的で開創された霊場が目立ちますが、観光目的で開創された霊場がいくつもあります。そういった事情を見ると、巡拝者の目的はなにかしらの願掛けであり、鎮魂であり、観光旅行の一環であり、実に様々だったと考えられます。加えて、そういった集まりがあれば、全部を制覇してみたくなる日本人的な性質も否定出来ません。ですが知っておくべきこともあります。それはあなた自身が軽い観光気分で霊場巡拝に踏み出したとしても、他の巡拝者も同じ気持ちだとは限らないということ。心の中にかなり重たい事情を抱えて、神仏にすがり慈悲を乞う人もいるし、心身の修行の場や行為として行っている人もいるということです。あくまで「宗教行為」であることを頭に入れておきましょう。

霊場巡拝に関する基本的な用語

札所(ふだしょ)

元々巡拝者はお寺にお参りした際、自分の願意や住所、氏名、参拝日を書いた板札をお寺に打ち付ける風習がありました。そこから転じて、霊場に入っているお寺のことを指すようになりました。同時に、お参りすることを「札所を打つ」と表現するのもそこからきています。

納め札(おさめふだ)

納め札

お寺に打っていた板が、時代と共に変わっていき今はこの納め札として使われています。基本的に白色なのですが、四国八十八ヶ所霊場では、巡拝した回数によって納め札の色が変わっています。

写経(しゃきょう)・納経(のうきょう)

写経 納経

写経とは、文字通り「お経を書写したもの」の意味です。一般的に般若心経を写経しますが、観音霊場の場合は観音経など、仏様に合わせたお経を写経するケースもあります。そしてお参りの際に、各お寺に写経を納めることを納経と言います。写経用紙はお寺で取り扱っていることも、また仏具店で販売されていることもあります。また、巡拝とは関係なく、心身の集中や精神的な面から、写経をする人も増えています。

納経帳(のうきょうちょう)・御朱印帳(ごしゅいんちょう)

納経帳 御朱印帳

お寺に納経をした証として、仏尊名などをお寺側から記載をしてもらう帳面のことです。お寺や仏尊と縁を結んだ証明となりますが、昨今では参拝しただけでも記載してもらうことが出来ます。

宿坊(しゅくぼう)

何日も掛けて霊場を巡拝する人のために、お寺が運営している宿泊施設になります。ホテルや旅館とは違い、お寺の朝のお勤めに参加出来たり、精進料理を食べられるケースもあります。

代表的な2つの霊場

四国八十八ヶ所霊場

徳島県から始まり、高知県、愛媛県、香川県のおよそ1300kmにも及ぶ霊場ルートです。「弘法も筆のあやまり」のことわざでも知られる、弘法大師空海ゆかりの霊跡88ヶ寺を巡拝して結願を目指します。2014(平成26)年には、霊場開創1200年を迎えたとても歴史のある霊場です。健脚の人だとおよそ40日程度で巡拝が可能とのことで、いわゆる歩き遍路のスタイルで夏休みの長い大学生などかなり若い人の姿も見える霊場となっています。また、日本各地からのバスツアーも催行されており、定年後に参加を考えている人も多いようです。その場合も一度に巡る人もいれば、数年(数回)に分けて巡る人もいて、それぞれのペースで結願を目指しています。

西国三十三ヶ所霊場

近畿2府4県と岐阜県に点在する33ヶ所のお寺から成る霊場です。日本の霊場巡拝においては最も古い歴史を持つ霊場で、平成30(2018)年には草創から1300年を迎えることになります。四国八十八ヶ所霊場と異なるのは、こちらの霊場はお寺に祀られている観音様をお参りする霊場である点です。観音様は人々を救う際に、33種類のお姿に変化して現れるという信仰に由来して、霊場を構成するお寺の数も33ヶ寺になっています。文字通りお寺が各地に点在しているので、特に順番通りに巡拝する必要もないとされており、いつでもどこからでも始められるとされています。

日本各地の霊場

四国霊場、西国霊場以外にも、日本には各地に霊場が存在しています。いわゆる「写し霊場」と呼ばれるもので、四国や近畿に行けない遠方に住んでいた昔の人が、近場のお寺で霊場を模して作ったものになります。中には長い歴史を持ちながら、今でも活発に巡拝者を受け入れている霊場もあり、御開帳イベントなどを実施して賑わっているケースもあります。

弘法大師霊場

四国八十八ヶ所霊場と同じく、弘法大師空海ゆかりのお寺から成る霊場です。

御府内八十八ヶ所霊場

東京都内と神奈川県にあるお寺で構成された霊場です。交通の便も良く、近年巡拝者が増えている霊場です。

関東八十八ヶ所霊場

文字通り、群馬県・栃木県・茨城県・千葉県・東京都・神奈川県・埼玉県の関東一円に広がるお寺を巡る、平成7年に開創された新しい霊場です。

北海道八十八ヶ所霊場

四国霊場の倍近い、3000kmの行程になる北海道の霊場です。雪国ですので、巡拝者の受け入れ期間は、5月1日から10月31日までとなっているのも特徴的です。


観音菩薩霊場

西国三十三ヶ所霊場をはじめ、観音様をお参りする霊場です。

坂東三十三観音霊場

神奈川県・埼玉県・東京都・群馬県・栃木県・茨城県・千葉県にある33ヶ所のお寺を巡拝する霊場です。鎌倉幕府を開いたことで知られる源頼朝も、この霊場の開創に関わっていたと言われています。

秩父三十四ヶ所観音霊場

埼玉県の秩父地方のお寺から成る観音霊場です。西国三十三ヶ所霊場と坂東三十三観音霊場と合わせて、日本百観音霊場と呼ばれています。


薬師如来霊場

病気平癒や健康祈願で知られる、薬師如来を祀ったお寺を巡拝する霊場です。

西国薬師四十九霊場

関西エリア七府県の49ヶ寺から成ります。奈良県の薬師寺や大阪府の四天王寺、滋賀県の延暦寺などが霊場の札所に名を連ねています。


不動明王霊場

酉年生まれの人の守り本尊でもある、不動明王が祀られたお寺を巡拝する霊場です。

近畿三十六不動霊場

大阪の四天王寺から始まり、最後は高野山へと参る近畿エリアで最も知られた不動明王の巡拝霊場です。


七福神巡り

33ヶ寺や88ヶ寺といった、数日を掛けて巡拝する霊場は大変なもの。ですが日本には、もっと手軽な巡拝霊場があります。それが七福神巡りです。日本各地に存在しており、特に年始の松の内の期間中は、お参りをする人でお寺(神社が含まれるケースもあり)が賑わいを見せます。

昨今の霊場事情

四国霊場や西国霊場といった、バスツアーなどで全国各地から巡拝者や観光客の集まる霊場は別として、必ずしもすべての霊場が巡拝者によって賑わっているとは言えません。そもそも、お寺自体が後継者不足などで無人となり、やがては管理する人もいなくなって荒れるに任せる状態というのも珍しいことではありません。霊場とは、ある種の文化であり伝統でもあります。それらを生み出したり作り出したりするのも大変ですが、それ以上に長く維持することも大変なのです。江戸時代、あるいはそれ以前に開創されたものの、受け継がれなくて消えていった霊場も数知れずと言われています。

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